曹洞宗 正伝の仏法

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正伝の仏法

仏道(ぶつどう)「正法眼蔵」

投稿日:2020年9月24日 更新日:

曹谿古仏、あるとき衆にしめしていはく、慧能より七仏にいたるまで四十祖あり。
この道を参究するに、七仏より慧能にいたるまで四十仏なり。仏々祖々を算数するには、かくのごとく算数するなり。かくのごとく算数すれば、七仏は七祖なり、三十三祖は三十三仏なり。曹谿の宗旨かくのごとし、これ正嫡の仏訓なり。正伝の嫡嗣のみ、その算数の法を正伝す。

釈迦牟尼仏より曹谿にいたるまで三十四祖あり。この仏祖相承、ともに迦葉の如来にあひたてまつれりしがごとく、如来の迦葉をえましますがごとし。

釈迦牟尼仏の迦葉仏に参学しましますがごとく、師資ともに于今有在なり。このゆゑに、正法眼蔵まのあたり嫡々相承しきたれり。仏法の正命、ただこの正伝のみなり。仏法はかくのごとく正伝するがゆゑに、附嘱の嫡々なり。

しかあれば、仏道の功徳要機、もらさずそなはれり。西天より東地につたはれて、十万八千里なり。在世より今日につたはれて二千余載、この道理を参学せざるともがら、みだりにあやまりていはく、仏祖正伝の正法眼蔵涅槃妙心、みだりにこれを禅宗と称ず。祖師を禅祖と称ず、学者を禅子と号す。あるいは禅和子と称じ、あるいは禅家流の自称あり。これみな僻見を根本とせる枝葉なり。西天東地、従古至今、いまだ禅宗の称あらざるを、みだりに自称するは、仏道をやぶる魔なり、仏祖のまねかざる怨家なり。

石門林間録云、菩提達磨、初自梁之魏。経行於嵩山之下、倚杖於少林。面壁燕坐而已、非習禅也。久之人莫測其故。因以達磨為習禅。夫禅那諸行之一耳。何足以尽聖人。而当時之人、以之、為史者、又従而伝於習禅之列、使与枯木死灰之徒為伍。雖然聖人非止於禅那、而亦不違禅那。如易出于陰陽、而亦不違乎陰陽

(石門の林間録に云く、菩提達磨、初め梁より魏に之く。嵩山の下に経行し、少林に倚杖す。面壁燕坐するのみなり、習禅には非ず。久しくなりて人其の故を測ること莫し。因て達磨を以て習禅とす。夫れ禅那は、諸行の一つならくのみ。何ぞ以て聖人を尽すに足らん。而も当時の人、之を以てし、為史の者、又従へて習禅の列に伝ね、枯木死灰の徒と伍ならしむ。然りと雖も、聖人は禅那のみに非ず、而も亦た禅那に違せず。易の陰陽より出でて、而も亦た陰陽に違せざるが如し)。

第二十八祖と称ずるは、迦葉大士を初祖として称ずるなり。毘婆尸仏よりは第三十五祖なり。七仏および二十八代、かならずしも禅那をもて証道をつくすべからず。このゆゑに古先いはく、禅那は諸行のひとつならくのみ。なんぞもて聖人をつくすにたらん。

この古先、いささか人をみきたれり、祖宗の堂奥にいれり、このゆゑにこの道あり。近日は大宋国の天下に難得なるべし、ありがたかるべし。たとひ禅那なりとも、禅宗と称ずべからず、いはんや禅那いまだ仏法の縈要にあらず。

しかあるを、仏々正伝の大道を、ことさら禅宗と称ずるともがら、仏道は未夢見在、未夢聞在なり、未夢伝在なり。禅宗を自号するともがらにも仏法あるらんと聴許することなかれ。禅宗の称、たれか称じきたる。諸仏祖師の禅宗と称ずる、いまだあらず。しるべし、禅宗の称は、魔波旬の称ずるなり。魔波旬の称を称じきたらんは魔儻なるべし、仏祖の児孫にあらず。

世尊霊山百万衆前、拈優曇花瞬目、衆皆黙然。唯迦葉尊者、破顔微笑(世尊霊山百万衆の前にして、拈優曇花瞬目したまふに、衆皆黙然たり。唯迦葉尊者のみ破顔微笑せり)。
世尊云、吾有正法眼蔵涅槃妙心、竝以僧伽梨衣、附嘱摩訶迦葉(世尊云はく、吾有正法眼蔵涅槃妙心、竝びに僧伽梨衣を以て、摩訶迦葉に附嘱す)。

世尊の迦葉大士に附嘱しまします、吾有正法眼蔵涅槃妙心なり。このほかさらに吾有禅宗附嘱摩訶迦葉にあらず。竝附僧伽梨衣といひて、竝附禅宗といはず。しかあればすなはち、世尊在世に禅宗の称またくきこえず。

初祖その時二祖にしめしていはく、諸仏無上妙道、曠劫精勤、難行苦行、難忍能忍。豈以小徳小智、軽心慢心、欲冀真乗(諸仏無上の妙道は、曠劫に精勤して、難行苦行、難忍能忍なり。豈小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんとせん)。

またいはく、諸仏法印、匪従人得(諸仏の法印は、人より得るに匪ず)。
またいはく、如来以正法眼蔵、附嘱迦葉大士(如来、正法眼蔵を以て、迦葉大士に附嘱す)。

いましめすところ、諸仏無上妙道および正法眼蔵、ならびに諸仏法印なり。当時すべて禅宗と称ずることなし、禅宗と称ずべき因縁きこえず。いまこの正法眼蔵は、揚眉瞬目して面授しきたる、身心骨髓をもてさづけきたる、身心骨髓に稟受しきたるなり。身先身後に伝授し稟受しきたり、心上心外に伝授し稟受するなり。

世尊迦葉の会に禅宗の称きこえず、初祖二祖の会に禅宗の称きこえず。五祖六祖の会に禅宗の称きこえず、青原南嶽の会に禅宗の称きこえず。いづれのときより、たれ人の称じきたるとなし。

学者のなかに、学者のかずにあらずして、ひそかに壊法盗法のともがら、称じきたるならん。仏祖いまだ聴許せざるを、晩学みだりに称ずるは、仏祖の家門を損するならん。又仏々祖々の法のほかに、さらに禅宗と称ずる法のあるににたり。

もし仏祖の道のほかにあらんは、外道の法なるべし。すでに仏祖の児孫としては、仏祖の骨髓面目を参学すべし。仏祖の道に投ぜるなり。這裏を逃逝して、外道を参学すべからず。まれに人間の身心を保任せり、古来の弁道力なり。この恩力をうけて、あやまりて外道を資せん、仏祖を報恩するにあらず。

大宋の近代、天下の庸流、この妄称禅宗の名をききて、俗徒おほく禅宗と称じ、達磨宗と称じ、仏心宗と称ずる、妄称きほひ風聞して、仏道をみだらんとす。これは仏祖の大道いまだかつてしらず、正法眼蔵ありとだにも見聞せず、信受せざるともがらの乱道なり。正法眼蔵をしらんたれか、仏道をあやまり称ずることあらん。このゆゑに、

南嶽山石頭庵無際大師、上堂示大衆言、吾之法門、先仏伝受、不論禅定精進、唯達仏之知見(南嶽山石頭庵無際大師、上堂して大衆に示して言く、吾が法門は、先仏より伝受せり。禅定精進を論ぜず、唯仏の知見に達す)。

しるべし、七仏諸仏より正伝ある仏祖、かくのごとく道取するなり。ただ吾之法門、先仏伝受と道現成す。吾之禅宗、先仏伝受と道現成なし。禅定精進の条々をわかず、仏之知見を唯達せしむ。精進禅定をきらはず、唯達せる仏之知見なり。これを吾有正法眼蔵附嘱とせり。吾之は吾有なり、法門は正法なり。吾之、吾有、吾髓は、汝得の附嘱なり。

無際大師は青原高祖の一子なり、ひとり堂奥にいれり。曹谿古仏の剃髪の法子なり。しかあれば、曹谿古仏は祖なり、父なり。青原高祖は、兄なり、師なり。仏道祖席の英雄は、ひとり石頭庵無際大師のみなり。仏道の正伝、ただ無際のみ唯達なり。道現成の果々条々、みな古仏の不古なり、古仏の長今なり。これを正法眼蔵の眼睛とすべし、自余に比準すべからず。しらざるもの、江西大寂に比するは非なり。

しかあればしるべし、先仏伝受の仏道は、なほ禅定といはず、いはんや禅宗の称論ならんや。あきらかにしるべし、禅宗と称ずるは、あやまりのはなはだしきなり。つたなきともがら、有宗空宗のごとくならんと思量して、宗の称なからんは、所学なきがごとくなげくなり。仏道かくのごとくなるべからず、かつて禅宗と称ぜずと一定すべきなり。

しかあるに、近代の庸流、おろかにして古風をしらず、先仏の伝受なきやから、あやまりていはく、仏法のなかに五宗の門風ありといふ。これ自然の衰微なり。これを拯済する一箇半箇、いまだあらず。先師天童古仏、はじめてこれをあはれまんとす。人の運なり、法の達なり。

先師古仏、上堂示衆云、如今箇々祗管道、雲門法眼潙仰臨済曹洞等、家風有別者、不是仏法也、不是祖師道也(先師古仏、上堂の示衆に云く、如今箇箇祗管に道ふ、雲門法眼潙仰臨済曹洞等、家風別有りとは、是れ仏法にあらず、是れ祖師道にあらず)。

この道現成は、千歳にあひがたし、先師ひとり道取す。十方にききがたし、円席ひとり聞取す。しかあれば、一千の雲水のなかに、聞著する耳垜なし、見取する眼睛なし。いはんや心を挙してきくあらんや、いはんや身処に聞著するあらんや。たとひ自己の渾身心に聞著する、億万劫にありとも、先師の通身心を挙拈して聞著し、証著し、信著し、脱落著するなかりき。

あはれむべし、大宋一国の十方、ともに先師をもて諸方の長老等に斉肩なりとおもへり。かくのごとくおもふともがらを、具眼なりとやせん、未具眼なりとやせん。またあるいは、先師をもて臨済徳山斉肩なりとおもへり。このともがらも、いまだ先師をみず、いまだ臨済にあはずといふべし。先師古仏を礼拝せざりしさきは、五宗の玄旨を参究せんと擬す。先師古仏を礼拝せしよりのちは、あきらかに五宗の乱称なるむねをしりぬ。

しかあればすなはち、大宋国の仏法さかりなりしときは、五宗の称なし。また五宗の称を挙揚して、家風をきこゆる古人いまだあらず。仏法の澆薄よりこのかた、みだりに五宗の称あるなり。これ人の参学おろかにして、弁道を親切にせざるによりてかくのごとし。雲箇水箇、真箇の参究を求覓せんは、切忌すらくは五家の乱称を記持することなかれ、五家の門風を記号することなかれ。いはんや三玄三要、四料簡、四照用、九帯等あらんや。いはんや三句、五位、十同真智あらんや。

釈迦老子の道、しかのごとくの小量ならず、しかのごとくを大量とせず、道現成せず、少林曹谿にきこえず。あはれむべし、いま末代の不聞法の禿子等、その身心眼睛くらくしていふところなり。仏祖の児孫種子、かくのごとくの言語なかれ。仏祖の住持に、この狂言かつてきこゆることなし。

後来の阿師等、かつて仏法の全道をきかず、祖道の全靠なく、本分にくらきともがら、わづかに一両の少分に矜高して、かくのごとく宗称を立するなり。立宗称よりこのかたの小児子等は、本をたづぬべき道を学せざるによりて、いたづらに末にしたがふなり。慕古の志気なく、混俗の操行あり。俗なほ世俗にしたがふことをいやしとして、いましむるなり。

文王問太公曰、君務挙賢。而不獲其功徳、世乱愈甚。以致危亡者何也(君務んで賢を挙ぐ。而も其の功徳を獲ず、世の乱れ愈甚し。以て危亡を致すは何ぞや)。
太公曰、挙賢而不用、是以有挙賢之名也、無得賢之実也(賢を挙げて用ゐず、是を以て挙賢の名有つて、得賢の実無きなり)。
文王曰、其失安在(其の失安くにか在る)。
太公曰、其失在好用世俗之所譽、不得其真実(其の失好んで世俗の譽むる所を用ゐるに在り、其の真実を得ず)。
文王曰、好用世俗之所譽者何也(好んで世俗の譽むる所を用ゐるは何ぞや)。

太公曰、好聴世俗之所譽者、或以非賢為賢、或以非智為智、或以非忠為忠、或以非信為信。君以世俗所譽者為賢智、以世俗之所毀者為不肖。則多党者進、少儻者退。是以群邪比周而蔽賢、忠臣死於無罪、邪臣虚譽以求爵位。是以世乱愈甚、故其国不免危亡

(好んで世俗の譽むる所を聴かば、或いは賢に非ざるを以て賢と為し、或いは智に非ざるを以て智と為し、或いは忠に非ざるを以て忠と為し、或いは信に非ざるを以て信と為す。君世俗の譽むる所の者を以て賢智なりと為、世俗の毀る所の者を以て不肖なりと為。則ち党多き者は進み、儻少なき者は退く。是を以て群邪比周して賢を蔽ひ、忠臣は罪無きに死し、邪臣は虚譽をもて爵位を求る。是を以て世乱れ愈甚し、故に其の国危亡を免れず)。

俗なほその国その道の危亡することをなげく。仏法仏道の危亡せん、仏子かならずなげくべし。危亡のもとゐは、みだりに世俗にしたがふなり。世俗にほむるところをきく時は、真賢をうることなし。真賢をえんとおもはば、照後観前の智略あるべし。

世俗のほむるところ、いまだかならずしも賢にあらず、聖にあらず。世俗のそしるところ、いまだかならずしも賢にあらず、聖にあらず。しかありといへども、賢にしてそしりをまねくと、偽にしてほまれあると、三察するところ、混ずべからず。賢をもちゐざらんは国の損なり、不肖をもちゐんは国のうらみなり。

いま五宗の称を立するは、世俗の混乱なり。この世俗にしたがふものはおほしといへども、俗を俗としれる人すくなし。俗を化するを聖人とすべし、俗にしたがふは至愚なるべし。この俗にしたがはんともがら、いかでか仏正法をしらん、いかにしてか仏となりとならん。七仏祖嫡々相承しきたれり。いかでか西天にある依文解義のともがら五部を立するがごとくならん。

しかあればしるべし、仏法の正命を正命とせる祖師は、五宗の家門あるとかつていはざるなり。仏道に五宗ありと学するは、七仏の正嗣にあらず。

先師示衆云、近年祖師道廃、魔党畜生多。頻頻挙五家門風、苦哉苦哉(先師示衆に云く、近年祖師道廃して、魔党畜生多し。頻頻に五家の門風を挙す、苦哉苦哉)。

しかあれば、はかりしりぬ、西天二十八代、東地二十二祖、いまだ五宗の家門を開演せざるなり。祖師とある祖師は、みなかくのごとし。五宗を立して各々の宗旨ありと称ずるは、誑惑世間人のともがら、少聞薄解のたぐひなり。

仏道におきて、各々の道を自立せば、仏道いかでか今日にいたらん。迦葉も自立すべし、阿難も自立すべし。もし自立する道理を正道とせば、仏法はやく西天に滅しなまし。各々自立せん宗旨、たれかこれ慕古せん。各々に自立せん宗旨、たれか正邪を決擇せん。正邪いまだ決擇せずは、たれかこれを仏法なりとし、仏法にあらずとせん。この道理あきらめずは、仏道と称じがたし。

五宗の称は、各々祖師の現在に立せるにあらず。五宗の祖師と称ずる祖師、すでに円寂ののち、あるいは門下の庸流、まなこいまだあきらかならず、あしいまだあゆまざるもの、父にとはず、祖に違して、立称じきたるなり。そのむねあきらかなり、たれ人もしりぬべし。

大潙山大円禅師は、百丈大智子なり。百丈と同時に潙山に住す。いまだ仏法を潙仰宗と称ずべしといはず。百丈も、なんぢがときより潙山に住して潙仰宗と称ずべしといはず。師と祖と称ぜず、しるべし、妄称といふことを。

たとひ宗号をほしきままにすといふとも、あながちに仰山をもとむべからず。自称すべくは自称すべし。自称すべからざるによりて、前来も自称せず、いまも自称なし。曹谿宗といはず、南嶽宗といはず、江西宗といはず、百丈宗といはず。潙山にいたりて曹谿にことなるべからず。曹谿よりもすぐるべからず、曹谿におよぶべからず。大潙の道取する一言半句、かならずしも仰山と一条挂杖両人舁せず。

宗の称を立せんとき、潙山宗といふべし、大潙宗といふべし、潙仰宗と称ずべき道理いまだあらず。潙仰宗と称ずべくは、両位の尊宿の在世に称ずべし。在世に称ずべからんを称ぜざらんは、なにのさはりによりてか称ぜざらん。すでに両位の在世に称ぜざるを、父祖の道を違して潙仰宗と称ずるは、不孝の児孫なり。これ大潙禅師の本懐にあらず、仰山老人の素意にあらず。正師の正伝なし、邪党の邪称なることあきらけし。これを尽十方界に風聞することなかれ。

慧照大師は、講経の家門をなげすてて、黄檗の門人となれり。黄檗の棒を喫すること三番、あはせて六十挂杖なり。大愚のところに参じて省悟せり。ちなみに鎭州臨済院に住せり。黄檗のこころを究尽せずといへども、相承の仏法を臨済宗となづくべしといふ一句の道取なし、半句の道取なし。豎拳せず、拈払せず。

しかあるを、門人のなかの庸流、たちまちに父業をまぼらず、仏法をまぼらず、あやまりて臨済宗の称を立す。慧照大師の平生に結搆せん、なほ曩祖の道に違せば、その称を立せんこと、豫議あるべし。いはんや、

臨済将示滅、嘱三聖慧然禅師云、吾遷化後、不得滅却吾正法眼蔵(臨済将に滅を示さんとするに、三聖慧然禅師に嘱して云く、吾れ遷化の後、吾が正法眼蔵を滅却すること得ざれ)。
慧然云、爭敢滅却和尚正法眼蔵(爭か敢へて和尚の正法眼蔵を滅却せん)。
臨済云、忽有人問汝、作麼生対(忽ちに人有つて汝に問はんに、作麼生か対せん)。
慧然便喝。
臨済云、誰知吾正法眼蔵、向這瞎驢辺滅却(誰か知らん吾が正法眼蔵、這瞎驢辺に向つて滅却せんことを)。

かくのごとく師資道取するところなり。臨済いまだ吾禅宗を滅却することえざれといはず、吾臨済宗を滅却することえざれといはず、吾宗を滅却することえざれといはず、ただ吾正法眼蔵を滅却することえざれといふ。あきらかにしるべし、仏祖正伝の大道を禅宗と称ずべからずといふこと、臨済宗と称ずべからずといふことを。

さらに禅宗と称ずること、ゆめゆめあるべからず。たとひ滅却は正法眼蔵の理象なりとも、かくのごとく附嘱するなり。向這瞎驢辺の滅却、まことに附嘱の誰知なり。臨済門下には、ただ三聖のみなり。法兄法弟におよぼし、一列せしむべからず。まさに明窓下安排なり。臨済三聖の因縁は仏祖なり。今日臨済の附嘱は、昔日霊山の附嘱なり。しかあれば、臨済宗と称ずべからざる道理あきらけし。

雲門山匡真大師、そのかみは陳尊宿に学す、黄檗の児孫なりぬべし、のちに雪峰に嗣す。この師、また正法眼蔵を雲門宗と称ずべしといはず。門人また潙仰臨済の妄称を妄称としらず、雲門宗の称を新立せり。匡真大師の宗旨、もし立宗の称をこころざさば、仏法の身心なりとゆるしがたからん。いま宗の称を称ずるときは、たとへば帝者を匹夫と称ぜんがごとし。

清涼院大法眼禅師は、地蔵院の嫡嗣なり。玄沙院の法孫なり。宗旨あり、あやまりなし。大法眼は署する師号なり。これを正法眼蔵の号として法眼宗の称を立すべしといへることを、千言のなかに一言なし、万句のうちに一句なし。しかあるを、門人また法眼宗の称を立す。

法眼もし いまを化せば、いまの妄称、法眼宗の道をけづるべし。法眼禅師すでにゆきて、この患をすくふ人なし。たとひ千万年ののちなりとも、法眼禅師に孝せん人は、この法眼宗の称を称とすることなかれ。これ本孝大法眼禅師なり。おほよそ雲門法眼等は、青原高祖の遠孫なり、道骨つたはれ、法髓つたはれり。

高祖悟本大師は雲巖に嗣法す、雲巖は薬山大師の正嫡なり、薬山は石頭大師の正嫡なり、石頭大師は青原高祖の一子なり。斉肩の二三あらず、道業ひとり正伝せり。仏道の正命なほ東地にのこれるは、石頭大師もらさず正伝せりしちからなり。

青原高祖は、曹谿古仏の同時に、曹谿の化儀を青原に化儀せり。在世に出世せしめて、出世を一世に見聞するは、正嫡のうへの正嫡なるべし、高祖のなかの高祖なるべし。雄参学、雌出世にあらず。そのときの斉肩、いま拔群なり。学者ことにしるべきところなり。

曹谿古仏、ちなみに現般涅槃をもて人天を化せし席末に、石頭すすみて所依の師を請ず。古仏ちなみに尋思去としめして尋譲去といはず。しかあればすなはち、古仏の正法眼蔵、ひとり青原高祖の正伝なり。たとひ同得道の神足をゆるすとも、高祖はなほ正神足の独歩なり。曹谿古仏、すでに青原を、わが子を子ならしむ。子の父の、父の父とある、得髓あきらかなり。祖宗の正嗣なることあきらかなり。

洞山大師、まさに青原四世の嫡嗣として、正法眼蔵を正伝し、涅槃妙心開眼す。このほかさらに別伝なし、別宗なし。大師かつて曹洞宗と称ずべしと示衆する拳頭なし、瞬目なし。また門人のなかに庸流まじはらざれば、洞山宗と称ずる門人なし、いはんや曹洞宗といはんや。

曹洞宗の称は、曹山を称じくはふるならん、もししかあらば、雲居同安をもくはへのすべきなり。雲居は人中天上の導師なり、曹山よりも尊崇なり。はかりしりぬ、この曹洞の称は、傍輩の臭皮袋、おのれに斉肩ならんとて、曹洞宗の称を称ずるなり。まことに、白日あきらかなれども、浮雲しもをおほふがごとし。

先師いはく、いま諸方獅子の座にのぼるものおほし、人天の師とあるものおほしといへども、知得仏法道理箇渾無。

このゆゑに、きほうて五宗の宗を立し、あやまりて言句の句にとどこほれるは、真箇に仏祖の怨家なり。あるいは黄龍の南禅師の一派を称じて黄龍宗と称じきたれりといへども、その派とほからずあやまりをしるべし。

おほよそ世尊現在、かつて仏宗と称じましまさず、霊山宗と称ぜず、祇園宗といはず、我心宗といはず、仏心宗といはず。いづれの仏語にか仏宗と称ずる。いまの人、なにをもてか仏心宗と称ずる。世尊なにのゆゑにか、あながちに心を宗と称ぜん。宗なにによりてかかならずしも心ならん。もし仏心宗あらば仏身宗あるべし、仏眼宗あるべし。仏耳宗あるべし、仏鼻舌等宗あるべし。仏髓宗、仏骨宗、仏脚宗、仏国宗等あるべし。いまこれなし、しるべし、仏心宗の称は偽称なりといふこと。

釈迦牟尼仏ひろく十方仏土中の諸法実相を挙拈し、十方仏土中をとくとき、十方仏土のなかに、いづれの宗を建立せりととかず。宗の称もし仏祖の法ならば、仏国にあるべし、仏国にあらば仏説すべし。仏不説なり、しりぬ、仏国の調度にあらず。祖道せず、しりぬ、祖域の家具にあらずといふことを。ただ人にわらはるるのみにあらざらん、諸仏のために制禁せられん、また自己のためにわらはれん。つつしんで宗称することなかれ、仏法に五家ありといふことなかれ。

後来智聡といふ小児子ありて、祖師の一道両道をひろひあつめて、五家の宗派といひ、人天眼目となづく。人これをわきまへず、初心晩学のやから、まこととおもひて、衣領にかくしもてるもあり。人天眼目にあらず、人天の眼目をくらますなり。いかでか瞎却正法眼蔵の功徳あらん。

かの人天眼目は、智聡上座、淳煕戊申十二月のころ、天台山万年寺にして編集せり。後来の所作なりとも、道是あらば聴許すべし。これは狂乱なり、愚暗なり。参学眼なし、行脚眼なし、いはんや見仏祖眼あらんや。もちゐるべからず。智聡といふべからず、愚蒙といふべし。その人をしらず、人にあはざるが言句をあつめて、その人とある人の言句をひろはず。しりぬ、人をしらずといふことを。

震旦国の教学のともがら宗称するは、斉肩の彼々あるによりてなり。いま仏祖正法眼蔵の附嘱嫡々せり、斉肩あるべからず、混ずべき彼々なし。かくのごとくなるに、いまの杜撰の長老等、みだりに宗の称をもはらする自專のくはだて、仏道をおそれず。仏道はなんぢが仏道にあらず、諸仏祖の仏道なり、仏道の仏道なり。

太公謂文王曰、天下者、非一人之天下、天下之天下也(太公、文王に謂て曰く、天下は一人の天下に非ず、天下の天下なり)。

しかあれば、俗士なほこれ智あり、この道あり。仏祖屋裏児、みだりに仏祖の大道を、ほしきままに愚蒙にしたがへて、立宗の自称することなかれ。おほきなるをかしなり、仏道人にあらず。

宗称すべくは、世尊みづから称じましますべし。世尊すでに自称しましまさず、児孫として、なにゆゑにか滅後に称ずることあらん。たれ人か世尊よりも善巧ならん。善巧あらずは、その益なからん。

もしまた仏祖古来の道に違背して、自宗を自立せば、たれかなんぢが宗を宗とする仏児孫あらん。照古観今の参学すべし、みだりなることなかれ。世尊在世に一毫もたがはざらんとする、なほ百千万分の一分におよばざることをうれへ、およべるをよろこび、違せざらんとねがふを、遺弟の畜念とせるのみなり。

これをもて多生の値遇奉覲をちぎるべし、これをもて多生の見仏聞法をねがふべし。ことさら世尊在世の化儀にそむきて宗の称を立せん、如来の弟子にあらず、祖師の児孫にあらず。重逆よりもおもし。たちまちに如来の無上菩提をおもくせず、自宗を自專する、前来を軽忽し、前来をそむくなり。前来もしらずといふべし。世尊在日の功徳を信ぜざるなり。かれらが屋裏に仏法あるべからず。

しかあればすなはち、学仏祖の道業を正伝せんには、宗の称を見聞すべからず。仏々祖々、附嘱し正伝するは、正法眼蔵無上菩提なり。仏祖所有の法は、みな仏附嘱しきたれり、さらに剩法のあらたなるあらず。この道理、すなはち法骨道髓なり。

正法眼蔵四十四

爾時寛元元年癸卯九月十六日本国在越州吉田縣吉峰寺示衆

※このページは学問的な正しさを追求するものではありません。より分かりやすくするために漢字をひらがなに、旧字体を新字体に、( )にふりがなをつけるなど、原文に忠実ではありません。

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