曹洞宗 正伝の仏法

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正伝の仏法

四禅比丘(しぜんびく)「正法眼蔵」

投稿日:2020年9月24日 更新日:

第十四祖龍樹祖師言、仏弟子中有一比丘、得第四禅、生増上慢、謂得四果。初得初禅、謂得須陀洹。得第二禅時、謂是斯陀含果、得第三禅時、謂是阿那含果、得第四禅時、謂是阿羅漢。恃是自高、不復求進。命欲尽時、見有四禅中陰相来、便生邪見、謂無涅槃、仏為欺我。悪邪見故、失四禅中陰、便見阿毘泥梨中陰相、命終即生阿毘泥梨中(第十四祖龍樹祖師言く、仏弟子の中に一の比丘有りき、第四禅を得て、増上慢を生じ、四果を得たりと謂へり。初め初禅を得ては、須陀洹を得たりと謂へり。第二禅を得し時、是れを斯陀含果と謂ひ、第三禅を得し時、是れを阿那含果と謂ひ、第四禅を得し時、是れを阿羅漢と謂へり。是れを恃んで自ら高ぶり、復た進まんことを求めず。命尽きなんとする時、四禅の中陰の相有りて来るを見て、便ち邪見を生じ、涅槃無し、仏、為に我を欺くと謂へり。悪邪見の故に、四禅の中陰を失ひ、便ち阿毘泥梨の中陰の相を見、命終して即ち阿毘泥梨中に生ぜり)。

諸比丘問仏、阿蘭若比丘、命終生何処(諸の比丘、仏に問ひたてまつらく、阿蘭若比丘、命終して何れの処にか生ぜし)。
仏言、是人生阿毘泥梨中(是の人は阿毘泥梨中に生ぜり)。
諸比丘大驚、坐禅持戒便至爾耶(諸の比丘大きに驚き、坐禅持戒して便ち爾るに至るやといふ)。
仏如前答言、彼皆因増上慢。得四禅時、謂得四果。臨命終時、見四禅中陰相、便生邪見、謂無涅槃、我是羅漢、今還復生、仏為虚誑。是時即見阿毘泥梨中陰相、命終即生阿毘泥梨中(仏、前の如く答へて言はく、彼は皆な増上慢に因る。四禅を得し時、四果を得たりと謂へり。臨命終の時、四禅の中陰の相を見て、便ち邪見を生じて謂へらく、涅槃無し、我れは是れ羅漢なり、今還つて復た生ず、仏は虚誑せりと。是の時即ち阿毘泥梨の中陰の相を見、命終して即ち阿毘泥梨の中に生ぜり)。

是時仏説偈言(是の時に仏、偈を説いて言はく)、
多聞、持戒、禅(多聞、持戒、禅も)、
未得漏尽法(未だ漏尽の法を得ず)。
雖有此功徳(此の功徳有りと雖も)、
此事難可信(此の事信ずべきこと難し)。
墮獄由謗仏(墮獄は謗仏に由る)、
非關第四禅(第四禅は關るに非ず)。

この比丘を称じて四禅比丘といふ、または無聞比丘と称ず。四禅をえたるを四果と僻計せることをいましめ、また謗仏の邪見をいましむ。人天大会みなしれり。如来在世より今日にいたるまで、西天東地ともに是にあらざるを是と執せるをいましむとして、四禅をえて四果とおもふがごとしとあざける。

この比丘の不是、しばらく略して挙するに三種あり。第一には、みづから四禅と四果とを分別するにおよばざる無聞の身ながら、いたづらに師をはなれて、むなしく阿蘭若に独処す。さいはひにこれ如来在世なり、つねに仏所に詣して、常恆に見仏聞法せば、かくのごとくのあやまりあるべからず。

しかあるに、阿蘭若に独処して仏所に詣せず、つねに見仏聞法せざるによりてかくのごとし。たとひ仏所に詣せずといふとも、諸大阿羅漢の処にいたりて、教訓を請ずべし。いたづらに独処する、増上慢のあやまりなり。第二には、初禅をえて初果とおもひ、二禅をえて第二果とおもひ、三禅をえて第三果とおもひ、四禅をえて第四果とおもふ、第二のあやまりなり。初二三四禅の相と、初二三四果の相と、比類に及ばず。たとふることあらんや。これ無聞のとがによれり。師につかへず、くらきによれるとがなり。

優婆毱多弟子中有一比丘。信心出家、獲得四禅、謂為四果。毱多方便令往他処。於路化作群賊、復化作五百賈客。賊劫賈客、殺害狼藉。比丘見生怖、即便自念、我非羅漢、応是第三果(優婆毱多の弟子の中に、一の比丘有りき。信心もて出家し、四禅を獲得て謂ひて四果と為り。毱多、方便して他処に往かしむ。路に於て群賊を化作し、復た五百の賈客を化作せり。賊、賈客を劫かし、殺害狼藉す。比丘、見て怖を生じ、即便ち自ら念へらく、我れは羅漢に非ず、応に是れ第三果なるべしと)。

賈客亡後、有長者女、語比丘言、唯願大徳、与我共去(賈客亡げて後、長者女有り、比丘に語りて言く、唯願はくは大徳、我れと共に去るべし)。
比丘答言、仏不許我与女人行(仏、我が女人と行くことを許したまはず)。
女言、我望大徳而隨其後(我れ大徳を望んで而も其の後に隨はん)。
比丘憐愍相望而行、尊者次復変作大河(比丘、憐愍して相望んで行くに、尊者次に復た大河を変作せり)。
女人言、大徳、可共我渡(大徳、我れと共に渡るべし)。
比丘在下、女在上流(比丘は下に在り、女は上流に在り)。
女便墮水、白言、大徳済我(女、便ち水に墮し、白して言く、大徳、我れを済ふべし)。
爾時比丘、手接而出、生細滑想、起愛欲心、即便自知非阿那含(爾の時に比丘、手接して出し、細滑の想を生じて、愛欲の心を起し、即便ち自ら阿那含に非ずと知りぬ)。

於此女人極生愛着、将向屏処、欲共交通、方見是師、生大慚愧、低頭而立(此の女人に於て極めて愛着を生じ、将ゐて屏処に向ひて、共に交通せんと欲ふに、方に是れ師なるを見て、大慚愧を生じ、低頭して立ちたり)。

尊者語言、汝昔自謂是阿羅漢、云何欲為如此悪事(尊者語りて言く、汝、昔自ら是れ阿羅漢なりと謂へり、云何が此の如きの悪事を為さんと欲るや)。
将至僧中、教其懺悔、為説法要、得阿羅漢(将ゐて僧中に至り、其れをして懺悔せしめ、為に法要を説きて、阿羅漢を得しめき)。

この比丘、はじめ生見のあやまりあれど、殺害の狼藉をみるにおそりを生ず。ときにわれ羅漢にあらずとおもふ、なほ第三果なるべしとおもふあやまりあり。のちに細滑の想によりて愛欲心を生ずるに、阿那含にあらずとしる、さらに謗仏のおもひを生ぜず、謗法のおもひなし、聖教にそむくおもひあらず。四禅比丘にはひとしからず。この比丘は、聖教を習学せるちからあるによりて、みづから阿羅漢にあらず、阿那含にあらずとしるなり。

いまの無聞のともがらは、阿羅漢はいかなりともしらず、仏はいかなりともしらざるがゆゑに、みづから阿羅漢にあらず、仏にあらずともしらず、みだりにわれは仏なりとのみおもひいふは、おほきなるあやまりなり、ふかきとがあるべし。学者まづすべからく仏はいかなるべしとならふべきなり。

古徳云、習聖教者、薄知次位、縱生逾濫、亦易開解(聖教を習ふ者、薄次位を知るは、縱逾濫を生ずれども、亦た開解し易し)。

まことなるかな、古徳の言。たとひ生見のあやまりありとも、すこしきも仏法を習学せらんともがらは、みづからに欺誑せられじ、他人にも欺誑せられじ。

曾聞、有人自謂成仏。待天不曉、謂為魔障。曉已不見梵王請説、自知非仏。自謂是阿羅漢。又被他人罵之、心生異念、自知非是阿羅漢。乃謂是第三果也。又見女人起欲想、知非聖人。此亦良由知教相故、乃如是也(曾て聞く、人有りて自ら仏と成ると謂ふ。待つに天曉けず、為に魔障ならんと謂ふ。曉け已るに梵王の請説を見ず、自ら仏に非ずと知りぬ。自ら是れ阿羅漢なりと謂へり。又他人の之を罵ることを被りて心異念を生ず、自ら是れ阿羅漢に非ずと知りぬ。仍て是れ第三果なりと謂へり。又女人を見て欲想を起す、聖人に非ずと知りぬ。此れ亦た良く教相を知るに由ての故に、乃ち是の如し)。

それ仏法をしれるは、かくのごとくみづからが非を覚知し、はやくそのあやまりをなげすつ。しらざるともがらは、一生むなしく愚蒙のなかにあり。生より生を受くるも、またかくのごとくなるべし。

この優婆毱多の弟子は、四禅をえて四果とおもふといへども、さらに我非羅漢の智あり。無聞比丘も、臨命終のとき、四禅の中陰みゆることあらんに、我非羅漢としらば、謗仏の罪あるべからず。いはんや四禅をえてのちひさし、なんぞ四果にあらざるとかへりみしらざらん。すでに四果にあらずとしらば、なんぞ改めざらん。いたづらに僻計にとどこほり、むなしく邪見にしづめり。

第三には、命終の時おほきなる誤りあり、そのとがふかくしてつひに阿鼻地獄におちぬるなり。たとひなんぢ一生のあひだ、四禅を四果とおもひきたれりとも、臨命終の時、四禅の中陰みゆることあらば、一生の誤りを懺悔して、四果にはあらざりとおもふべし。いかでか仏われを欺誑して、涅槃なきに涅槃ありと施設せさせたまふとおもふべき。これ無聞のとがなり。このつみすでに謗仏なり。これによりて、阿鼻の中陰現じて、命終して阿鼻地獄におちぬ。たとひ四果の聖者なりとも、いかでか如来におよばん。

舍利弗は久しくこれ四果の聖者なり。三千大千世界所有の智恵をあつめて、如来をのぞきたてまつりてほかを一分とし、舍利弗の智恵を十六分にせる一分と、三千大千世界所有の智恵とを格量するに、舍利弗の十六分之一分に及ばざるなり。しかあれども、如来未曾説の法をときましますをききて、前後の仏説ことにして、われを欺誑しましますとおもはず。

波旬無此事(波旬に此事無し)とほめたてまつる。如来は福増をわたし、舍利弗は福増をわたさず。四果と仏果と、はるかにことなること、かくのごとし。たとひ舍利弗及びもろもろの弟子のごとくならん、十方界にみちみてたらん、ともに仏智を測量せんことうべからず。孔老にかくのごとくの功徳いまだなし。

仏法を習学せんもの、たれか孔老を測度せざらん。孔老を習学するもの、仏法を測量することいまだなし。いま大宋国のともがら、おほく孔老と仏道と一致の道理をたつ。僻見もともふかきものなり。しもにまさに広説すべし。

四禅比丘、みづからが僻見をまこととして、如来の欺誑しましますと思ふ、ながく仏道を違背したてまつるなり。愚癡のはなはだしき、六師等にひとしかるべし。

古徳云、大師在世、尚有僻計生見之人、況滅後無師、不得禅者(大師在世すら、尚ほ僻計生見の人有り、況んや滅後師無く、禅を得ざる者をや)。

いま大師とは仏世尊なり。まことに世尊在世、出家受具せる、なほ無聞によりては僻計生見の誤りのがれがたし。いはんや如来滅後、後五百歳、辺地下賤の時処、誤りなからんや。四禅を発せるもの、なほかくのごとし。いはんや四禅を発するに及ばず、いたづらに貪名愛利にしづめらんもの、官途世路を貪るともがら、不足言なるべし。いま大宋国に寡聞愚鈍のともがら多し、かれらがいはく、仏法と老子、孔子の法と、一致にして異轍あらず。

大宋嘉泰中、有僧正受。撰進普燈録三十卷云、臣聞孤山智円之言曰、吾道如鼎也、三教如足也。足一虧而鼎覆焉。臣甞慕其人稽其説。乃知、儒之為教、其要在誠意。道之為教、其要在虚心。釈之為教、其要在見性。誠意也虚心也見性也、異名躰同。究厥攸帰、無適而不与此道会云々(大宋嘉泰中に僧正受といふもの有り。普燈録三十卷を撰進するに云く、臣、孤山智円の言ふを聞くに曰く、吾が道は鼎の如し、三教は足の如し。足一も虧くれば鼎覆へると。臣、甞て其の人を慕ひ其の説を稽ふ。乃ち知りぬ、儒の教たること、其の要は誠意に在り。道の教たること、其の要は虚心に在り、釈の教たること、其の要は見性に在ることを。誠意と虚心と見性と、名を異にして躰同じ。厥の帰する攸を究むるに、適として此の道と会せずといふこと無し云々)。

かくのごとく僻計生見のともがらのみ多し、ただ智円、正受のみにはあらず。このともがらは、四禅を得て四果と思はんよりも、その誤りふかし。謗仏、謗法、謗僧なるべし。すでに撥無解脱なり、撥無三世なり、撥無因果なり。莽々蕩々招殃禍、疑ひなし。

三宝、四諦、四沙門なしとおもふしともがらにひとし。仏法いまだその要見性にあらず、西天二十八祖、七仏、いづれのところにか仏法のただ見性のみなりとある。

六祖壇経に見性の言あり、かの書これ僞書なり、附法蔵の書にあらず、曹溪の言句にあらず、仏祖の児孫またく依用せざる書なり。正受、智円いまだ仏法の一隅をしらざるによりて、一鼎三足の邪計をなす。

古徳云、老子莊子、尚自未識小乗能著所著、能破所破。況大乗中、若著若破。是故不与仏法少同。然世愚者迷於名相、濫禅者惑於正理、欲将道篤、逍遙之名斉於仏法解脱之説、豈可得乎(老子、莊子は尚ほ自ら未だ小乗の能著所著、能破所破を識らず。況んや大乗の中の若しは著し若しは破するをや。是の故に仏法と少しく同じからず。然れば、世の愚かなる者は名相に迷ひ、濫禅の者は正理に惑ひ、道徳、逍遙の名を将つて仏法解脱の説に斉しめんと欲ふ、豈に得べけんや)。

むかしより名相にまどふもの、正理をしらざるともがら、仏法をもて莊子、老子にひとしむるなり。いささかも仏法の稽古あるともがら、むかしより莊子、老子をおもくする一人なし。

清浄法行経云、月光菩薩、彼称顔回、光浄菩薩、彼称仲尼、迦葉菩薩、彼称老子云々(月光菩薩、彼に顔回と称ず、光浄菩薩、彼に仲尼と称ず、迦葉菩薩、彼に老子と称ず、云々)。

むかしよりこの経の説を挙して、孔子、老子等も菩薩なれば、その説ひそかに仏説に同じかるべしといひ、また仏のつかひならん、その説おのづから仏説ならんといふ。この説みな非なり。

古徳云、準諸目録、皆推此経。以為疑僞、云々(諸の目録に準じ、皆な此の経を推す。以為くは疑僞ならん云々)。

いまこの説によらば、いよいよ仏法と孔老とことなるべし。すでにこれ菩薩なり、仏果にひとしかるべからず。また和光応迹の功徳は、ひとり三世諸仏菩薩の法なり。俗人凡夫の所能にあらず、実業の凡夫、いかでか応迹に自在あらん。孔老いまだ応迹の説なし、いはんや孔老は、先因をしらず、当果をとかず。わづかに一世の忠をもて、君につかへ家ををさむる術をむねとせり、さらに後世の説なし。

すでにこれ断見の流類なるべし。莊老をきらふに、小乗なほしらず、いはんや大乗をやといふは上古の明師なり。三教一致といふは智円、正受なり、後代澆季愚闇の凡夫なり。なんぢなんの勝出あればか、上古の先徳の所説をさみして、みだりに孔老と仏法とひとしかるべしといふ。なんだちが所見、すべて仏法の通塞を論ずるにたらず。負笈して明師に参学すべし、智円、正受、なんぢら大小両乗すべていまだしらざるなり。四禅をえて四果とおもふよりもくらし。悲しむべし、澆風のあふぐところ、かくのごとくの魔子おほかることを。

古徳云、如孔丘、姫旦之語、三皇五帝之書、孝以治家、忠以治国、輔国利民、只是一世之内、不済過未。斉仏法之益於三世、不謬乎(孔丘、姫旦の語、三皇五帝の書の如きは、孝以て家を治め、忠以て国を治め、国を輔し民を利益する、只是れ一世の内のみにして、過未に済らず。仏法の三世を益するに斉しめん、謬らざらんや)。

まことなるかなや、古徳の語。よく仏法の至理に達せり、世俗の道理にあきらかなり。三皇五帝の語、いまだ転輪聖王の教に及ぶべからず。梵王、帝釈の説にならべ論ずべからず。統領するところ、所得の果報、はるかに劣なるべし。輪王、梵王、帝釈、なほ出家受具の比丘に及ばず。いかにいはんや如来にひとしからんや。

孔丘、姫旦の書、また天竺の十八大経に及ぶべからず。四韋陀の典籍にならべがたし。西天婆羅門教、いまだ仏教にひとしからざるなり。なほ小乗声聞教にひとしからず。あはれむべし。振旦小国辺方にして、三教一致の邪説あり。

第十四祖龍樹菩薩云、大阿羅漢辟支仏知八万大劫、諸大菩薩及仏知無量劫(大阿羅漢辟支仏は、八万大劫を知り、大菩薩及び仏は無量劫を知りたまふ)。

孔老等、いまだ一世中の前後をしらず、一生二生の宿通あらんや。いかにいはんや一劫をしらんや、いかにいはんや百劫千劫をしらんや、いかにいはんや八万大劫をしらんや、いかにいはんや無量劫をしらんや。この無量劫をあきらかにてらししれること、たなごころをみるよりもあきらかなる諸仏菩薩を、孔老等に比類せん、愚闇といふにもたらざるなり。耳をおほうて三教一致の言をきくことなかれ。邪説中最邪説なり。

莊子云、貴賤苦楽、是非得失、皆是自然。
この見、すでに西国の自然見の外道の流類なり、貴賤苦楽、是非得失、みなこれ善悪業の感ずるところなり。満業、引業をしらず、過世、未世をあきらめざるがゆゑに現在にくらし、いかでか仏法にひとしからん。

あるがいはく、諸仏如来ひろく法界を証するゆゑに、微塵法界、みな諸仏如来の所証なり。しかあれば、依正二報ともに如来の所証となりぬるがゆゑに、山河大地、日月星辰、四倒三毒、みな如来の所証なり。山河をみるは如来をみるなり、三毒四倒仏法にあらずといふことなし。微塵をみるは法界をみるにひとし。造次顛沛、みな三菩提なり。これを大解脱といふ。これを単伝直指の祖道となづく。

かくのごとくいふともがら、大宋国に稲麻竹葦のごとく、朝野に遍満せり。しかあれども、このともがら、たれ人の児孫といふことあきらかならず、おほよそ仏祖の道をしらざるなり。

たとひ諸仏の所証となるとも、山河大地たちまちに凡夫の所見なかるべきにあらず、諸仏の所証となる道理をならはず、きかざるなり。なんぢ微塵をみるは法界をみるにひとしといふ、民の王にひとしといはんがごとし。またなんぞ法界をみて微塵にひとしといはざる。もしこのともがらの所見を仏祖の大道とせば、諸仏出世すべからず、祖師出現すべからず、衆生得道すべからざるなり。たとひ生即無生と体達すとも、この道理にあらず。

真諦三蔵云、振旦有二福、一無羅刹、二無外道(振旦に二福有り、一には羅刹無し、二には外道無し)。
この言、まことに西国の外道婆羅門の伝来せるなく、得道の外道なしといふとも、外道の見おこすともがらなかるべきにあらず。羅刹はいまだみえず、外道の流類はなきにあらず。小国辺地のゆゑに、中印度のごとくにあらざることは、仏法をわづかに修習すといへども、印度のごとくに証をとれるなし。

古徳云、今時多有還俗之者、畏憚王珏、入外道中。偸仏法義、竊解莊老、遂成混雑、迷惑初心孰正孰邪。是為発得韋陀法之見也(今時多く還俗する者有り、王珏を畏り憚りて、外道の中に入る。仏法の義を偸み、竊かに莊老を解して、遂に混雑を成し、初心孰れか正、孰れか邪なるを迷惑す。是れ韋陀の法を発得する見と為る也)。

しるべし、仏法と莊老と、いづれか正、いづれか邪をしらず、混雑するは初心のともがらなり、いまの知円、正受等これなり。ただ愚昧のはなはだしきのみにあらず、稽古なきいたり、顕然なり、炳焉なり。

近日宋朝の僧徒、ひとりとしても、孔老は仏法に及ばずとしれるともがらなし。名を仏祖の児孫にかれるともがら、稲麻竹葦のごとく、九州の山野にみてりといふとも、孔老のほかに仏法すぐれいでたりと曉了せる一人半人あるべからず。ひとり先師天童古仏のみ、仏法と孔老とひとつにあらずと曉了せり。晝夜に施設せり。経論師、また講者の名あれども、仏法はるかに孔老の辺を勝出せりと曉了せるなし。近代一百年来の講者、おほく参禅学道のともがらの儀をまなび、その解会をぬすまんとす、もともあやまれりといふべし。

孔子書有生知、仏教無生知。仏法有舍利之説、孔老不知舍利之有無(孔子の書に生知有り、仏教には生知無し。仏法には舍利の説有り、孔老は舍利の有無を知らず)。
ひとつにして混雑せんと思ふとも、広説の通塞、つひに不得ならん。
論語云、生而知之上、学而知之者次、困而学之、又其次也。困而不学、民斯為下矣(生れながらにして之を知るは上なり、学んで之を知るは次なり、困しんで之を学ぶは又其の次なり。困しみて学ばざるは、民にして斯れを下と為す矣)。

もし生知あらば無因のとがあり、仏法には無因の説なし。四禅比丘は臨命終の時、たちまちに謗仏の罪に墮す。仏法をもて孔老の教にひとしとおもはん、一生中より謗仏の罪ふかかるべし。学者はやく孔老と仏法と一致なりと邪計する解をなげすつべし。この見たくはへてすてずは、つひに悪趣におつべし。学者あきらかにしるべし、孔老は三世の法をしらず、因果の道理をしらず、一洲の安立をしらず、いはんや四洲の安立をしらんや。六天のことなほしらず、いはんや三界九地の法をしらんや。小千界しらず、中千界しるべからず。三千大千世界をみることあらんや、しることあらんや。

振旦一国なほ小臣にして帝位にのぼらず、三千大千世界に王たる如来に比すべからず。如来は梵王、帝釈、転輪聖王等、晝夜に恭敬侍衞し、恆時に説法を講じたてまつる。孔老かくのごとくの徳なし、ただこれ流転の凡夫なり。いまだ出離解脱のみちをしらず。いかでか如来のごとく諸法実相を究尽することあらん。

もしいまだ究尽せずは、なにによりてか世尊にひとしとせん。孔老内徳なし、外用なし、世尊におよぶべからず、三教一致の邪をはかんや。孔老、世界の有辺際、無辺際を通達すべからず。広をしらず、みず、大をしらず、みざるのみにあらず、極微色をみず、刹那量をしるべからず。世尊あきらかに極微色をみ、刹那量をしらせたまふ。いかにしてか孔老にひとしめたてまつらん。孔老、莊子、恵子等は、ただこれ凡夫なり。なほ小乗の須陀洹におよぶべからず。いかにいはんや第二、第三、第四阿羅漢におよばんや。

しかあるを、学者くらきによりて諸仏にひとしむる、迷中深迷なり。孔老は三世をしらず、多劫をしらざるのみにあらず、一念しるべからず、一心しるべからず。なほ日月天に比すべからず、四大王、衆天に及ぶべからざるなり。世尊に比するは、世間出世間に迷惑せるなり。

列伝云、喜為周大夫善星象。因見異気、而東迎之、果得老子。請著書五千有言。喜亦自著書九篇。名關令子。準化胡経。老過關西、喜欲従冉[冉は耳偏/以下同]求去(列伝云く、喜、周の大夫として星象を善くす。因みに異気を見て東にゆきて之を迎ふるに、果して老子を得たり。請うて書五千有言を著はさしむ。喜も亦た自ら書九篇を著はす。關令子と名づく。化胡経に準ず。老、關西に過かんとするに、喜、冉に従ひて去くことを求めんと欲ふ)。

冉云、若欲志心求去、当将父母等七人頭来、乃可得去(若し志心去くことを求めんと欲はば、当に父母等の七人の頭を将ち来るべし、乃ち去くことを得べし)。
喜乃従教、七頭皆変豬頭(喜、乃ち教に従ひしに、七頭皆な豬頭に変ぜり)。
古徳云、然俗典孝儒尚尊木像、老冉設化、令喜害親。如来教門大慈為本、如何老氏逆為化原(古徳云く、然あるに、俗典の孝儒は尚ほ木像を尊ぶ、老冉は化を設けて喜をして親を害せしむ。如来の教門は大慈を本とす、如何が老氏の逆をもて化原と為ん)。

むかしは老冉をもて世尊にひとしむる邪儻あり、いまは孔老ともに世尊にひとしといふ愚侶あり、あはれまざらめやは。孔老なほ転輪聖王の十善をもて世間を化するにおよぶべからず。三皇五帝、いかでか金銀銅鐵諸輪王の七宝、千子具足して、あるいは四天下を化し、あるいは三千界を領ぜるにおよばん。孔子はいまだこれにも比すべからず。過現当来の諸仏諸祖、ともに孝順父母師僧三宝(父母師僧三宝に孝順し)、病人等を供養ずるを化原とせり。害親を化原とせる、いまだむかしよりあらざるところなり。

しかあればすなはち、老冉と仏法とひとつにあらず。父母を殺害するは、かならず順次生業にして泥梨に墮すること必定なり。たとひ老冉みだりに虚無を談ずとも、父母を害せんもの、生報まぬかれざらん。

伝燈録云、二祖毎歎曰、孔老之教、礼術風規、莊易之書、未尽妙理。近聞達磨大士、住止少林。至人不遠、当造玄境(伝燈録云く、二祖毎に歎いて曰く、孔老の教は礼術風規なり、莊易の書は未だ妙理を尽さず。近ごろ聞く、達磨大士少林に住止せり。至人遠からず当に玄境に造るべし)。

いまのともがら、あきらかに信ずべし、仏法の振旦に正伝せることは、ただひとへに二祖の参学力なり。初祖たとひ西来せりとも、二祖をえずは仏法つたはれざらん。二祖もし仏法をつたへずは、東地いまに仏法なからん。おほよそ二祖は余輩に群すべからず。

伝燈録云、僧神光者、曠達之士也。久居伊洛、博覽群書、善談玄理(伝燈録云く、僧神光といふものあり、曠達の士也。久しく伊洛に居して群書を博覽せり、善く玄理を談ず)。

むかし二祖の群書を博覽すると、いまの人の書卷をみると、はるかにことなるべし。得法伝衣ののちも、むかしわれ孔老之教、礼術風規とおもふしは誤りなりとしめすことばなし。しるべし、二祖すでに孔老は仏法にあらずと通達せり。いまの遠孫、なにとしてか祖父に違背して仏法と一致なりといふや。まさにしるべし、これ邪説なり。二祖の遠孫にあらずは、正受等が説、たれかもちゐん。二祖の児孫たるべくは、三教一致といふことなかれ。

如来在世有外道、名論力。自謂論議無与等者、其力最大。故云論力。受五百梨昌募、撰五百明難、来難世尊。来至仏所、而問仏云、為一究竟道、為衆多究竟道(如来在世に外道有り、論力と名づく。自ら論議与に等しき者無く、其の力最大なりと謂へり。故に論力と云ふ。五百梨昌の募を受けて、五百の明難を撰じ、来つて世尊を難ず。仏の所に来至りて、仏に問ひたてまつりて云く、一究竟道とやせん、衆多究竟道とやせん)。

仏言、唯一究竟道(唯一究竟道なり)。
論力云、我等諸師、各説有究竟道。以外道中、各々自謂是、毀訾他人法、互相是非故、有多道(我等が諸師は、各究竟道有りと説く。外道の中に、各々自ら是なりと謂うて、他人の法を毀訾して、互ひに相是非するを以ての故に多道有り)。

世尊其時、已化鹿頭、成無学果、在仏辺立(世尊其の時、已に鹿頭を教化して、無学果を成ぜしめて、仏の辺に在りて立てり)。
仏問論力、衆多道中、誰為第一(仏、論力に問ひたまはく、衆多の道の中に、誰をか第一と為す)。
論力云、鹿頭第一(鹿頭第一なり)。
仏言、其若第一、云何捨其道、為我弟子入我道中(其れ若し第一ならんには、云何ぞ其の道を捨てて、我が弟子となりて我が道の中に入るや)。
論力見已慚愧低頭、帰依入道(論力、見已りて、慚愧し低頭して、帰依し道に入れり)。

是時仏説義品偈言(是の時に仏、義品の偈を説いて言はく)、
各々謂究竟、而各自愛著(各々究竟なりと謂ひて、而も各自ら愛著し)、
各自是非彼、是皆非究竟(各自ら是として彼を非なりとす、是れ皆な究竟に非ず)。
是人入論衆、弁明義理時(是の人論衆に入りて、義理を弁明する時)、
各各相是非、勝負懐憂苦(各各相是非し、勝負して憂苦を懐く)。
勝者墮憍坑、負者墮憂獄(勝者は憍坑に墮し、負者は憂獄に墮す)、
是故有智者、不墮此二法(是の故に有智の者は、此の二法に墮せず)。
論力汝当知、我諸弟子法(論力、汝当に知るべし、我が諸の弟子の法は)、
無虚亦無実、汝欲何所求(虚も無く亦た実も無し、汝、何れの所をか求めんと欲ふ)。
汝欲壊我論、終已無此処(汝、我が論を壊せんと欲はば、終に已に此の処無し)、
一切智難明、適足自毀壊(一切智も明らめ難し、適自ら毀壊するに足らんのみ)。

いま世尊の金言かくのごとし。東土愚闇の衆生、みだりに仏教に違背して、仏道とひとしきみちありといふことなかれ。すなはち謗仏謗法となるべきなり。西天の鹿頭ならびに論力、乃至長爪梵志、先尼梵志等は、博学のいたり、東土にむかしよりいまだなし、孔老さらに及ぶべからざるなり。

これらみなみづからが道をすてて仏道に帰依す、いま孔老の俗人をもて仏法に比類せんは、きかんものもつみあるべし。いはんや阿羅漢、辟支仏も、みなつひに菩薩となる。一人としても小乗にしてをはるものなし。いかでかいまだ仏道にいらざる孔老を諸仏にひとしといはん。大邪見なるべし。

おほよそ如来世尊、はるかに一切を超越しましますこと、すなはち諸仏如来、諸大菩薩、梵天帝釈、みなともにほめたてまつり、しりたてまつるところなり。西天二十八祖、唐土六祖、ともにしれるところなり。おほよそ参学力あるもの、みなともにしれり。いま澆運のともがら、宋朝愚闇のともがらの三教一致の狂言、用ゐるべからず、不学のいたりなり。

正法眼蔵四禅比丘第十

建長七年乙卯夏安居日以御草案本書寫畢 懐弉

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