貸家と唐様に書く三代目

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昔の川柳に「貸家(かしいえ)と唐様(からよう)に書く三代目」と云うのがある。蛇足の解説を加えて見よう。初代は無一物から、身体一つで鋭々努力して産をなした人である。その身代を継いで二代目は実直に事業を守って行く。三代目は祖父たる初代の苦労を知らず、親が世間によくあるように、子供にだけはこんな苦労はさせまいなどと、間違った愛情から、ちやほやされて育てられ学校の教育などは十分にうけて育ったものの、事業を守る才覚などもち合さず、親の死後、産を失って折角ゆずりうけた家屋敷も手放して、閉した表戸に「貸家」札が張ってある様子を云ったものである。しかも貸家と書いてある、その文字がまさに達筆なのである。唐様に書いてあると云うのである。
このようなことは、私共の周辺によく見聞ずることである。最もこの頃は、貸屋札など見られなくなっていることではあるが、――こう云うすがたを見るにつけ、私共の素朴な願いが思われる。凡てが順調に運んで行くことが果してよいのかと思われる。私共の一般的な願いとしては、心願成就、息災延命を思うことであるが、果してそれだけでよいことなのか。川柳にうたわれてあるように、苦辛の初代と安楽の三代目と何れがよいと思うのであろうか。
(昭和五十四年一月)(余語翠巖好夢集「去来のまま」より)

余語翠巌 略歴

-余語翠巌



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