曹洞宗 正伝の仏法

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略歴

玉窓良珍 略歴

投稿日:1873年12月19日 更新日:

玉窓良珍 ぎょくそうりょうちん
玉叟良珍、良珎という記載もある。

普済善救和尚に就いて嗣法。

總持寺66世。
兵庫県三田市 永澤寺15世。
石川県金沢市 宗徳寺開山(1414年/応永21年。はじめのころ、龍谷寺もしくは龍国寺としていた)。1912年(明治45年)に青森県弘前市に移転。

弟子には正海慈光がいる。

相模(神奈川県)に生まれる。幼くして出家し、得度の後に各地の師のもとを訪れ、修行してまわったが、そのときには悟りを得ることはなかったという。

永澤寺の普済善救のもとで修行をするようになり、『普済久和尚法語』「能州諸嶽山總持寺普済救和尚入院仏事」の両班(役名)に、侍状(役名)良珍の名があることから、總持寺にて通幻寂霊のもとでも修行していたと考えられる。
「普済禅師語録」巻上の『住丹州青原山永沢禅寺語録』と『住加賀州太原山聖興禅寺語録』および巻中の「小参」は、小師(弟子)の良珍らの編となっている。

『洞上聯灯録』巻四の「加州宗徳寺玉窓良珍禅師」の章によれば、普済善救との問答がある。その後、各地の師のもとを訪れ、修行してまわったが、再び聖興寺(加賀。廃寺)にて普済善救のもとで修行をすること2年であったと記されている。  

唐(中国)の徳山宣鑑の托鉢の古則・公案により悟りを得て、師匠にそれが認められる。「行記」では第五位であり、普済善救の入院次第では「良珍首座」として第四位に置かれている。

兵庫県三田市 永澤寺15世。
總持寺66世。など。

1451年(宝徳3年)3月23日逝去。

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